「墓」という分野における「倍率」の考察

私はこの記事作成をするにあたり、墓という言葉に加えて「倍率」という単語がある事に目が付いた。
「お墓」に「倍率」、これは意外な組み合わせだと思えるだろうが、これは飽くまで体験談、そして何より個人的に直感的に感じたこのワードが意味するところを想像したのだから、それを記載し、それを書き連ねようと思う。
私が連想したのは、お墓の土地の競争率、その意味合いでのワードが脳裏をよぎっていた。
つまり、民営、公営問わず、良い場所に、天寿を全うなされた親族、家族、友人達の亡骸、宗教によっては骨かそのままの遺体を地に還すことができるか否かという事になってくる。
そう、霊園のお墓は無限ではない。
つまるところ、有限である。
もちろん民営はお金儲け、いわゆる経済活動のために敷地を増やすだろう。
それは企業活動で言えば一応は間違いではない。
モラルがあるか否かはここでは話の見当違いもあるので控えるが。
とはいえ民営の側であったとして、どちらにしても良い場所は既に他のご遺体が地に黙し、私たちがどうこうすることはできない後の客である事に変わりは無い。
そしてここで言えば公営も同じだ。
公営には様々な都立霊園がある。
有名な所で青山霊園、雑司ヶ谷霊園、谷中霊園、染井霊園八王子霊園・・・、都立霊園とは公営であるのを物語るように、インフラ整備がよくなされる、つまり清掃や人員の配置が公費もあって拡充・充実している場所であり、非常に競争率、抽選競争、そこに申し込むご遺体の関係者の方は多い。
私も何度かそういう人と出会った事はある。
それが自身が当事者であるか否かは関係ない時で。
あれは確か1年半ぐらい前だったか、私はある事情である都立霊園へと足を運んだことがある。
(都立霊園の名前をここで出すのは、時期的にも個人の特定につながりそうなので、誠に申し訳ないのだが、控えさせてもらう。)
それはある関係者の方が亡くなられ、その都立霊園の方に地に黙すことができるか否かの確認として足を運んだ時だ。
私は宗教に詳しい訳ではない。
キリスト教徒とか仏教とか、そういうものや事柄の基本の規範などはとんと分からない。
よくてご遺体を骨だけにするのか、それともご遺体をそのまま棺に納め、埋葬するのか、という差異ぐらいしか分からない無学者だ。
今回は前者、骨だけにする側の方。
私はその方の親族の方に付き添いで赴き、某都立霊園へと足を運んだ。
その日は休日だったこともあってか、それとも高齢者の下見の場合は常に人が多いのか、その某都立霊園に居る人の数は多く、中々に忙しい様相を晒していた。
私は親族の方に付き添い、都立霊園を歩き回った。
そして数十分後、親族の方は良い場所を見つけたらしく、その場所に墓を作ることを決められた。
その場所は高台などがあるような場所ではなく、総平地(つまり、他の墓も均整霊列に並んだ)場所ではあったが、日差しがよく綺麗にあたる場所ということで、その場所に決められた。
亡くなられた方は生前、陽の下に出ることが好きだったからという理由があった。
そして手続きを済ませ、その場所は他にもその場所に墓をおきたい人が多いという事なので抽選形式の運びとなり、後日、抽選の形となった。
結果は・・・ダメだった。
人数にしてだいたい20人ぐらいいただろうか、抽選としてはそこまで多いか否かも分からないが、結果としてはまた探す運びと相成った。
こちらのお墓のローンについても記事も参考にご覧ください。

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